フィリピンで積極性を欠くとこうなる

積極性はフィリピンを生き抜く上では絶対に必要なものである。ソースは僕だ

思い返してみると、フィリピンへ来てから今までに何度自分の積極性の無さに絶望しただろうか。そしてフィリピン人の人並み外れた積極性にはどれだけ驚かされただろうか。

僕は日本の義務教育を受けてきた人間のため、人と意見を合わせたりルールを守ったり、集団から外れないことこそが美徳だと長きにわたり教わってきた。高校の先生に関しては鼻くそを机の下にこべりつけている僕を見て一般的な倫理観について持論を語っていた。自分が嫌だと思うことは人にはしてはいけない、自分がされて嬉しいことを人にしなさいと。確かに他人の鼻くそが自分の机の下にこべりついているのは嫌だと十分に納得した。ある時は僕が奇をてらった行動をした時、禿げ散らかした高校の教頭先生は人と違う行動をとっても僕自身に得はあまりないことを説いてきた。それ以来、そういった考えを妄信して生きてきたと思う。特に他人の目を気にしてあまり目立たない行動をとるようにはしてきたつもりだ。

だが、フィリピンに来て僕はその現実に絶望した。フィリピン人は自由だったのだ。僕が今まで培ってきた常識が間違っていると言わんばかりにねじ伏せてきたのだ。

その結果僕は恐ろしいレベルに積極性がない人間に育ってしまったのだが、よくよく考えてみると積極性を失ったことで、僕の人生は甚大な被害を被ってしまっている。

ということで今回は積極性を欠いた結果、フィリピンで損してしまった実体験を綴っていこうと思う。

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レジ等で横入りされる

フィリピンでは列に横入りされることは日常茶飯事だ。ソースは僕だ

ホームレスのような格好をしたフィリピン人からイカついババアまで、とにかく横は入りをしてくる。まるで横入りすることに微塵も罪悪感を感じていないかのごとくだ。その行為に後ろめたさを全く感じていない澄ました顔をしているのだ。だからこそ逆に腹が立つ。悪意のある横は入りならばこの野郎と思うだけなのだが、自然に横は入りを決めてくる奴には、何でこの程度の常識もないのだボケナスと愚痴を言いたくなってしまう。控えめに言ってのボケナスだ。腹の底ではもっと下品な言葉を並べている

もちろん横は入りをする奴が一番悪いのだが、もっとタチが悪いのは横入りを容認する店員だ。横入りの犯行現場でその場を公平に裁くことが出来るのは店員だ。店員には横入りに気づいたら注意しなければならないという重大な責任がある。しかしフィリピン人の店員は中々それをしてくれない。横入りの瞬間を捉えていても特に注意はせずに横入りをした人の対応を先にやるのだ。

こういった状況に何度遭遇しただろうか。何度はらわたが煮えたぎるような思いをしただろうか。

フィリピン生活を楽しめない

まず積極性が無い人はフィリピンを楽しむことが出来ない。そもそも普通に生活しているだけではフィリピン人の友人すら作ることが出来ない。ソースは僕だ

自慢じゃないが、僕はここ数年間フィリピンにいる。そして自慢じゃないが、フィリピン人の友達は一人もいない。理由は自分でも分かっている。外に出歩いてフィリピン人と関わろうとしないからだ。故に常に一人だ。ご飯を食べるときも一人、映画を見るときも一人、モールに行く時も一人。

元来一人での行動を基本としている僕だから苦痛には感じないものの、やはり積極性がなく孤独になれていない人がフィリピンへ来ると辛く感じてしまうかもしれない。

彼女がぜんぜん出来ない

フィリピンで外国人は比較的モテるようではあるが、積極性や行動力が無ければ彼女は出来ない。ソースは僕だ

フィリピンで女を侍らせている日本人は大抵の場合、行動力がある。もちろんそこに財力は必要なのだが、行動しないことには何も起こらない。例えばKTVに足を運んだりすることが大切なのだ。いくら家でKTVへ出向いた時の事を妄想しても実際に彼女が出来るわけないのだ。

これは日本と同じで何かしらのアクションを起こさなければ彼女は出来ない。これはフィリピンでも日本でも変わらない自然の摂理なのだ。家に居るだけで彼女が出来てしまうのは世紀のモテ男であるトムクルーズと室伏浩二くらいだろう

ゴミ人間になっていく

ソースは僕だ

フィリピンでは積極性がないとあっという間にゴミ人間になってしまう。

正直フィリピンは生ぬるい。日本よりも遥かに危険な国ではあるが、他のことに於いてはめっぽう生ぬるい。フィリピン人のニートの数を鑑みれば、フィリピンがどれくらい生ぬるいかが見えてくるだろう。日本では働かざる者食うべからずという慣用句があるほどにニートに対しては厳しい国だ。対してフィリピンはニートに関して非常に寛容な国だ。フィリピンでニートはタンバイと呼ばれているようだが、タンバイの扱いはそれほどひどくない。昼間から酒を飲みまくっていても白い目はされない。酒代くらいは知り合いの誰かが出してくれるから問題ないのだ。

そういったフィリピン人の環境を見ていると、毎日働いている自分が偉大に見えてくる。ついつい増長してしまうのだ。増長すると人はダメになっていくというのは定石だ。

ニートフィリピン人を基準として日々に甘んじる。いつのまにか自分が堕落していることに気がつかない。自分たちの見えないところで出来るフィリピン人たちがバリバリと仕事をしていることに気がつかない。

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